ツヴァイセルサーガ

オリジナル小説の掲載 ガチ適当更新 校正しながら

あらすじ・各話

あなたも、あなたを愛する私も。

今この瞬間まで、実は存在していないとしたら。

全ての始まりが、思い始めた今だとしたら。

あなたの記憶も嘘だとしたら。

あなたが愛する私の記憶も、嘘だとしたら。

でも、その嘘があなたを愛する誰かの愛だとすれば。

でも、それはあなたにとって愛だろうか。

 

- ツヴァイセルの世界 -

 

未熟な人類が争いと沈黙を繰り返す世界、ツヴァイセル。

この世界で最大の国家を有するアルバンドラ王国は、更なる領地拡大を目指し各国へ侵攻を開始した。

日々激化するアルバンドラ王国軍の侵攻は大多数の命を奪い、次々に植民地化して行く。

そこへ一人の魔導士が、この凄惨な状況に置かれる弱者を保護する為に、世界救護団体ウェオーを設立すべく、アルバンドラ国王との交渉に赴いた。

 

魔導士の名はシ・ノヴァ。

 

世界最強と謳われる彼はその実力を以てして和平条約を結び、難民保護施設大聖堂の建設を開始した。

そこへ賛同する、シスター・イシェルハと剣士ドルドラ。

 

この三者の思惑はウェオーの立ち位置をやがて三者三様とし、その行き違いが世界に類を見ない恐怖へ陥れる事となる。

 

戦況はさらに激化しシ・ノヴァは罠に陥りその命を落としかけたその時、彼に囁く者が居た。

「まだ、千年の時は迎えておらず、諦める事なかれ」と。

 

ツヴァイセルの世界に伝わる神々の記録「原典」

それによれば、この世界は二神一体の神ツヴァイセルと7人の神官により産み出し見守られ、人類の繁栄の終着を腐敗とし、千年の後に世界を浄化する為に、創造主が現れると言う。

 

シ・ノヴァに囁くその声と、千年の言葉の意味を共に今紐解き始める。

 

 

「第一章 パスクァロード」

ツヴァイセル最大の国家アルバンドラ王国。

アルバンドラ王国軍の侵略から難民を保護すべく立ち上がったシ・ノヴァを取り巻く最初の物語。

タイトルのパスクァロードはツヴァイセル最南端に位置する、パスクァ連合諸島が

干潮時に道の様に繋がる事から、ロードの名が付きやがて別称として呼ばれる。

 

 

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「第二章 ヴェルバークレイ」
それ自体が神とされる剣ヴェルバークレイを主軸にアルバンドラ国王と、養女ミリア・ハーゲンの間に繰り広げられる確執の物語。

剣士として反乱軍に身を置くミリア・ハーゲンは信念を持って突き進める戦いと共に、その与えた傷を自身で身をもって痛感する。

壮絶な痛みと共に、その信念は正気を保ちそれでも平和の為に戦うか。

 

「第三章 ネイベリート」

運命の悪戯により、対峙する事となった幼馴染のサンディオーネとシェロ。

二人は神から授かると言われる精神召喚魔法ネイベリートを操り、自身の思いを怒りに変え世界を恐怖に陥れて行く。

精神と魂を呼び出し贄とする召喚魔法ネイベリートは何故生まれたか、二人は命を落とすその時、身を以て知る事となる。

 

「第四章 トレンドラード」


シン・ブラン・ドルバで静かに時を刻む、神々の時計トレンドラード

この世界が出来た時に、七人の神官が大聖堂を作りこの世界の為に安置したとされる世界時計。そしてここから世界は生まれたと伝えられる。

近づく事も、触れる事も許されずにただ時を刻み続ける

その時計の謎が明かされだす時、シ・ノヴァと世界の生い立ちの真実が垣間見えだす。

ツヴァイセルの世界の謎に近づく物語。

 

「最終章 シン・ブラン・ドルバ」

世界は千年に近づき、トレンドラードは静かに終わりへの時を刻み続ける。

この場所で彼は気付くだろうか、約束を。

無限邂逅、生きる者全ての儚き思いはやがて世界の終末を迎える。

世界の始まり、闇に浮かぶ大聖堂。

そこより世界は生まれ、千年の時を歩み始めた。

始まりの場所の名はシン・ブラン・トルバ。

都度世界は生まれ、その世界を渡り歩く者が最後に下す決断は。

第四話:「否定から始まる成長」

小屋の中にある小さな暖炉に、シ・ノヴァは火を燈した。
炎は瞬く間に暖炉の中で燃え広がり、薄暗いシ・ノヴァの書斎を照らし始めた。

彼は珍しく、少し小さめだが溜息を吐き、椅子に腰掛けた。

それと同時に長老が訪れた。

「シ・ノヴァ様…こんばんは。」

シ・ノヴァは椅子に腰掛けたまま、長老へ入る様に目で促した。

「お疲れの様ですな。」

長老はそう呟きながら、シ・ノヴァの向かいの椅子に腰掛ける。

「まぁ、そんな所だ。」

シ・ノヴァは暖炉の炎を見つめながら、少し不満げな顔でそう言った。

長老はそんなシ・ノヴァの態度を気にもせず少し嬉しそうな顔で、背負っていた袋からベリアニーの入った瓶を取り出し、テーブルの上にあるシ・ノヴァの用意したカップにそれぞれ並々と注いだ。

ベリアニーはこの世界で最も飲まれている蒸留酒で、ツヴァイセル遥か北に存在する極寒の小国家プラステスで作られている。

シ・ノヴァは暖炉の炎から眼を離さず、ベリアニーの注がれたカップに手を伸ばし、口元へ運んだ。

「長老…」

シ・ノヴァがそう呟くと、長老は静かにシ・ノヴァへ視線をやった。

「どこから、話をする。」

長老は、カップに入ったベリアニーを少し啜りながら、一息置いてこう言った。

「イシェルハを目付けから外そうかと…」

「その方が良いだろう。」

「由緒あるクラヴァで祈りを捧げると言う事は、それだけでも十分大変な事であり、そこに至る修練も険しい物で御座います。しかし、持って生まれた環境と言うのも御座いますから…」

「そうだな」

「シ・ノヴァ様がイシェルハを困らせている等とは思ってもおりません。ただ、やはりまだまだ心は未熟ゆえに、周りの状況とイシェルハ自身が思い動く力のバランスが取れておりません。

シ・ノヴァ様の目付けとしていれば、やはり普通以上には様々な出来事に遭遇するとも思われるのです…それはイシェルハにとってはまだまだ重荷で御座います。ただ…」

「ただ?」

「イシェルハも楽しいのでしょう、自らのシスターとしての地位も相まって、シ・ノヴァ様の目付けとして日々過ごせる事に心動かされるのですよ。それが彼女には好奇心で済まされるのでしょうけども、周りはそうでは済まない物で。」

シ・ノヴァは未だ暖炉の炎を見つめたまま、長老と同じくカップ蒸留酒を少しずつ嗜んでいる。

イシェルハがその立場と強い好奇心故に、与えられた状況に於いて自らが動きたいと願うのは間違った事では無い。ただそれが状況に応じているかが問題になるのである。
これとて、争いの無い世界であればさして気にする事でもない。
しかし、今は様々な思惑を感じ取らなければいけない状況である。
シ・ノヴァには、今それが少し重荷になっている。

その中で好奇心で心動かされるのは良いとしても、行動に移られては困るのだ。
そうしてそれが『困る』などと言う容易い話でいずれ済まなくなるのは、大戦の時代を指導者として潜り抜けたシ・ノヴァだからこそ、良く解るのである。

「長老、話は何処まで届いているのだ?」
シ・ノヴァがカップをテーブルに置き暖炉から長老へ顔を向け、そう言った。
長老は少し厳しめの眼差しに変わり、重そうに話し始めた。

「アルバンドラの使者の件は既に。ただ、クラヴァの重鎮達には伝わっておりません。アルバンドラがシ・ノヴァ様はここに居られないと思っていると…」

「そうか、問題はそれもあるが。」
「やはり、イシェルハで御座いますか…」
「中々のタイミングで使者も現われたものだ、少し食えない奴だったが。」
「その様ですな。」

そこで少し会話は止まり、暖炉の炎に照らされた二人は気苦労とベリアニーの酔いとも相まって、若干重苦しい雰囲気に感じ取られる。

世の中の空気が徐々に不穏を帯びる時、必ずと言っていい程に未知の状況に心躍らす者が現れる。

イシェルハは敬虔なシスターであるが故に、自らの役割と立場、そうしてシ・ノヴァの目付けと言う立ち位置も含めて、本来不安に駆られるであろう状況でも前に進む事だけを考えている。
大聖堂の中だけであれば、祈りを捧げ続けるだけだったはずであろう彼女の立ち位置は、シ・ノヴァとの出会いで一変していく。

「無謀…」
シ・ノヴァはぶっきらぼうに突然そう呟いた。

「イシェルハで…ございますか?」
「いや、そうではない。そうではない事も無いか…」

「シ・ノヴァ様らしくないお言葉で…」
長老は軽く苦笑いをしながら、そう呟いた。
シ・ノヴァは額を掌で覆い、自分に少し呆れた様な表情で顔を暖炉の炎に向ける。
「何時の世も争いの災禍が火柱を上げるのは、些細な行き違い…」
シ・ノヴァはそこで自ら話を切った。

長老は目を閉じて、ベリアニーの入ったカップをを両手で抱えたまま何も言わずに下を向いて居る。

些かな不安が大体は無駄で、取り越し苦労であるのは良くある話だ。
しかし、取り巻く状況がそれぞれの思惑でどう展開するかまだ不明瞭な時に混乱を招くのは、大体が「無謀な者」の仕業である事も多い。

シ・ノヴァはイシェルハが無謀であると言いたい訳ではない。
何者かが何処かを崩しにかかれば、争いの火種になるであろう不安。
そんな危うい不安さを抱えるイシェルハの事をシ・ノヴァは今までの経験に重ね、思わず『無謀』と、呟いてしまった。

人々はまだ何も知らない。
ただ自身の意思で進めなければならない駒を、何者かが進めた時、そこから世界が大きく動く時もある。

本当に些細な事だ。横からその手をはたかれるかの様に。

「また、争いが起きますかの…」
長老は少し微睡みながら、不安を口にする。

シ・ノヴァは暖炉の炎の奥を見つめたまま微動だにせず、頭の中で状況を整理している
。アルバンドラの思惑と、クラヴァの重鎮たちの思惑。
『何時もより、穏やかではなさそうだ。』
シ・ノヴァは心の中で、そう考えていた。
まだまだ、今は今でしかなく、その先がどうこうと言う話すらない。
しかし、シ・ノヴァの中では確実に風向きが争いへ行くだろうと確信があった。
ただ、それはまだ具体的に言葉に出来ないだけで。

気が付くと少しの間、長老とシ・ノヴァは居眠りをしていた。
遠くから聞こえる、かすかな足音にシ・ノヴァは気付き、軽く身構える。
やがて足音が段々と近付くと、シ・ノヴァは椅子に深く腰掛けなおした。

「入るがいい。」

扉が静かに開くと、そこにはイシェルハの姿があった。

「シ・ノヴァ様」
「どうしたんだ、こんな時間に。」
「長老が帰ってこないから心配して迎えに来たんです。それよりも、私って解ったのですか?」
「勿論だ。」

イシェルハは、少し感心した様な眼差しを暖炉の方へ向けた。
「私も、少しあたって良いでしょうか?」
「そうだな、少し冷えただろう。イシェルハ、温かい茶でも飲むか?」

イシェルハは椅子に腰掛けながら、シ・ノヴァの方を向き嬉しそうに返事をした。
「勿論です。」

眠ったふりをしている長老は、シ・ノヴァとの会話を思い出しながら、悩むには心地良い温かさと、酔いに身を委ねていた。

シ・ノヴァはイシェルハにカップを渡し、椅子に腰掛ける。
本来であれば各々が違う営みを行う三人が深夜に揃う事も珍しい、イシェルハは無邪気にその状況に心躍らせ椅子に深く腰掛ける。
長老は微睡みに身を委ねながらも自分のこれからの立ち位置を考え、シ・ノヴァは何時か迫る不穏な空気を食い止めるべく思案する。

同じ場所で同じ夜を過ごそうとも、必ずしも良き思い出に変わるとは言い難い。
それが人の宿命である。

2023年11月22日 修正


第三話:「目的と事実」

アルバンドラ王国領内、テギルスの森。
この場所に、見晴らしの良い丘がある。
その丘にある一本の大木の根本に、シ・ノヴァへの伝達を行った使者が腰掛けていた。
そこへ間も無く、一人の老人が現れた。

 

老人は使者に視線を合わせず、少し俯きながら話し出した。
「ご苦労であった、我が国王と言えどもやはり、シ・ノヴァ様を脅威として捉えておる。しかし懐柔出来るとも考えてはおられまいが…」

「何か…策でもおありなのでしょうか?と言えども、伝説の魔導師相手には如何様な策も有るとは思えませんが。」

使者は少し不安げな顔で、老人にそう言った。

「…わしにも解らぬ。」

使者はその言葉を聞き、顎に手を当て少しばかり空を見つめている。

「…しばし、様子を見よう、今はそれしか出来ぬ。」

「承知致しました…バリオルド伯爵。」

そう言うと、使者は立ち上がりその場を去った。

残された老人は、真剣な面持ちで丘からの景色に目を向けていた。

 

アルバンドラ国王側近バリオルド伯爵
アルバンドラ国王の秘書と内政を務め、国王に最も近い側近として相談役の顔も持つ。伯爵は今回の侵攻について、相当の不安を覚えている。

実際の所、彼だけでは無い。

城に仕える者達の殆どが、今回の侵攻に不安を感じている。
数年前のこの世界では、世界各地で内戦が勃発していた。
そこへ、それまで沈黙を貫いていたツヴァイセル最大の国家であるアルバンドラ王国が突如として参戦し、事態は急変した。

世界を脅かす侵略戦争の様相を呈し始めたその時、この世界でその名を知らぬ者は居ない魔導師、シ・ノヴァが動き出した。

シ・ノヴァの動向はどの国に於いても脅威であったが、内戦が多発している当時は彼も特には動きを見せず、また各国家も内戦に明け暮れその存在を忘れかけていた頃であった。

ただ一人戦地に乗り込み、見せしめの破壊の限りを尽くして戦争を終わらせる。
荒業の様に思えるが、回復魔法に於いても世界最高の技術を持つ彼は、国家の中枢を破壊する以外は、人民及び様々な生物に治癒を施し去って行く。
中枢を破壊する事は、戦意を喪失させる手段であった。

こうして、二つ、三つの国家を破壊する頃には、各国が自ずと内戦から撤退を始めて行った。

しかし、アルバンドラだけはその力を目の当たりにしようとも、侵攻を止める気配は無かった。
この当時、アルバンドラ国王はエディエロ・ニューバであった。
エディエロは特に好戦的な国王として内外に知られ、数多の小競り合いを隣国と常に繰り返していた。
しかし、好戦的なエディエロはそれに飽き足らず侵略戦争を考え始め、各国が内戦で疲弊していく最中を狙っての行動を開始した。
その様な状況なのでエディエロは、勝利は絶対と確信していたが、シ・ノヴァが現れその算段は狂った。

しかし、エディエロはその様な状況でも引かず、自国軍に加えて民までをも犠牲にし各国及びシ・ノヴァへ戦いを挑んでいった。
シ・ノヴァがアルバンドラへ到着した頃、一斉に国軍と民間軍が迫って来る物の、恐怖に怯える様相で向かってくる者達の姿にシ・ノヴァの怒りは頂点に達し、兵をかわしエディエロの元へ向かう。

目の前に現れたシ・ノヴァにエディエロは無謀にも、アルバンドラ王家に伝わる聖剣ヴェルバークレイを振りかざし向かって行った。
それでも無駄な殺生を好まないシ・ノヴァは永久結界へと閉じ込める魔法「アグリディナル」を使い、エディエロをアルバンドラ大聖堂へと封じ込めた。

永久結界とはその昔、魔導師が世界を統べていた頃の極刑魔法と呼ばれ、唱えられた者は全ての概念を超越した結界に封じ込められる。
現代でこの魔法を使用できるのは、シ・ノヴァのみとなったいて。

 

こうして、アルバンドラ国王エディエロ・ニューバを封じ込めたシ・ノヴァは、そのエディエロの息子である、ダクト・ニューバに忠告を残し去っていった。

それから数年後の話である。

彼が忠告をした現国王ダクト・ニューバが侵略戦争を開始すると、シ・ノヴァへ伝えに来た。

誰もが困惑する。

シ・ノヴァも、バリオルド伯爵も、使者も、そして全ての民も。

これが、アルバンドラ国王からの伝達で無ければ、シ・ノヴァもそう簡単には動かなかったであろう。しかし、そうは行かなかった。

イシェルハと長老の元へ向かうシ・ノヴァは珍しく答えの出ない悩みを抱えていた。国王の元へ向かえば話は速い、だが早計だ。
この状況で正気の流れになるとも思えない。求められた日に取り敢えずは向かう事としたが、シ・ノヴァ自身を相手に手出しは出来ないはず、となればダクト・ニューバには何か手があると考えるのが普通だ。

しかし、その何かが世界を破滅させるきっかけになったりはしないだろうか。
何よりも安寧を愛するシ・ノヴァは神経質なまでに考えを張り巡らせていた。

「シ・ノヴァ様、シ・ノヴァ様?」
「あぁ、、、すまない、イシェルハ。」
「先程の事、、、ですか?」
「…イシェルハは何も考えなくて良い、そして何も聞かなかった事にするのだ。」
「はい、でも、また世界が争いに向かうのでしょうか?だとすれば私は…」

イシェルハの話を遮りシ・ノヴァはこう言った。
「世界の秩序は私が守る、イシェルハ、君は祈るのだ、それで良い。」
「はい、承知しました。」
イシェルハは少し俯き加減で、そう返事をした。
彼女も大聖堂のシスターとして平和を日々祈る身であり、気持ちはシ・ノヴァと同じである。

しかし実際の戦争ともなれば、また話は別で各々の立ち位置も変わってくる。
また、シ・ノヴァにとってもクラヴァがこの話を知る前に片づけたいと思う所も在り、イシェルハには余り表立って動いて貰う事も、少し面倒になるとも考えている。

歩みながらそう思案する中、二人は長老の家へと到着した。

「シ・ノヴァ様、お待ちしておりました。」
「長老、すまないのだが。」
「はい、シ・ノヴァ様、如何なされましたでしょうか?」
「少し問題があって、今日一日休ませて欲しいのだが、勝手な事を言って申し訳ない。」
「そうですか、それは致し方ありませぬ、、、シ・ノヴァ様の心が曇られておるならば、無理にお願いするよりも、一先ずは体を休めて頂く事が先決でございますでの。」
「恩に着る」
「いえいえ、それよりも離れへお帰りになられますか?差し支えなければ小屋の方でも構いませぬが。離れの方が身支度には問題ないかとは思われますが、もう間も無く浅瀬の方も、、、」
「そうか、、、もうその様な時間か。」
「はい、まぁでも、シ・ノヴァ様でしたら飛べば直ぐでしょうし、無用な気遣いでしたか。」

長老は苦笑いしながら、何度も頭を下げた。
シ・ノヴァはこの流れで、また何度か使者か伝文が来る事もあり得ると考え、自らの部屋に戻ろうとも考えたが、少し窮屈な問題を抱えた今は、たまには小屋で一晩過ごすのも良いかもしれないと思い、長老へその旨を伝えた。

長老は、村の荷役に食料の他一晩過ごすのに必要な燃料などを運ぶ様伝えた。

この間、イシェルハは少し複雑な、思い詰めた様な顔をして黙っていた。
長老はそのイシェルハの顔を見逃さずにいた。

シスターとして、シ・ノヴァの目付け役として、村人の指南役としての立ち位置が、彼女のその無垢な感性と心をやがて悲劇に向かわせる。
心と力のアンバランスさは、外から見て初めて解るものだ。
長老はその少し陰鬱な空気を読み取った。

「シ・ノヴァ様、後ほど小屋へお伺いしても宜しいでしょうかの?」
長老の居るタイミングで、また何かしらアルバンドラ絡みの使者が来た場合、少々厄介だとは思ったシ・ノヴァだが、何故か無下に断る気も起きずに返事をした。

「解った、日没に来られれば良い。」
「それはそれは、丁度蒸留したばかりの酒がありましてな。」
「そうか、たまには、、、良いか。」

長老はしゃがれた笑いを発しながら、会釈をしてその場を離れる去り際にイシェルハへ大聖堂へ帰る様に促した。

イシェルハは少し不服そうな顔をしてシ・ノヴァの顔をうかがった。
シ・ノヴァは軽く頷いた。

「それでは、シ・ノヴァ様、失礼いたします。もし、もし何かお困り事があれば、何時でもお申し付けください。」
「解った、イシェルハ有難う。」
シ・ノヴァがそう言うと、イシェルハは少しだけ笑顔を取り戻した。
そうして、シ・ノヴァは今日の出来事を口外しない事を念押しし、小屋へ向かった。

『シ・ノヴァ様だから、多分大丈夫なのでしょう。でも私には争いを引き起こす者達は許せない。とは言え、シ・ノヴァ様の仰られる様に私は祈る事を与えられた立場。ただ、私はシ・ノヴァ様に付いて居たい。』

先争いでの
シ・ノヴァの活躍はイシェルハも当然知っている。
しかし、シ・ノヴァと偶然にも接点を持ち、その人間性に惹かれるイシェルハは、解ってはいても心配な気持ちになっている。
そして神に仕える者として、今のどうしようもない気分を自分でもみっともないとは思っている。

『私は由緒あるクラヴァで神に祈りを捧げるシスター、そうして皆の心の休まる世界を願う。今のこの気持ちもクラヴァに戻って祈れば落ち着くかしら…』

イシェルハは口を真一文字に引き締めて、背筋を伸ばし小走りでクラヴァへ向かって行った。

その後ろで長老が、少し複雑な眼差しでイシェルハの後姿を見送っていた。

続く。

第二話:「罪の立ち位置」

パスクァ連合諸島本島パスクァ、そこに存在する世界最古の大聖堂「クラヴァ」

そのクラヴァの地下に位置する、大広間では数人の男女が円卓を取り囲み、重い空気に包まれていた。

 

「ここ数年の平和は、偽りだったか…」

「大聖堂の保護を約束されたとしても、事実を知った以上…どうしたものか。」

「代々好戦的なニューバ一族だ、また争いは起るだろうと思ってはいたが。」

「して、書簡には何と?」

「7日後の日没までに、返事を届けよと。」

「しかし、保証が無いとも書いておるでは無いか」

「普通に考えて、大聖堂に攻撃を加える者が居るかね?」

「どういった事なのだ、大聖堂にまで…」

「そう言えば」

「どうした?」

「いえ、シ・ノヴァ様が、パスクァに居られる事は…」

「推測でしかないが、書簡の内容からニューバ一族は知らないと思われる。」

「そうですか…」

「難しい話だ。内密にとは言う物の、シ・ノヴァ様が居られるのに、報せない訳にもいかん…しかし知らせてこれが…争いの火蓋を切って落とす事となれば…」

「どちらにしても…」

「司祭、如何なされますか。」

「…明朝、ここに集まりなさい。それまで、この話はこの場でのみとする。」

 

ツヴァイセル最大の大陸、サルブート地方を治めるアルバンドラ王国。

そこより早朝、書簡が届いた。

差出人はアルバンドラ王国第8代国王ダクト・ニューバ。

書簡に記された内容は軍事的進行を開始する準備にある事、それに伴いツヴァイセルの原典である大聖堂の保護を認める事、大聖堂は攻撃対象に加えずとの事、だがしかしその国が応戦した場合、その保証は一切行わない。

7日後の日没の返事を以て、進行の開始を行うとも記されていた。

 

大聖堂は原典と呼ばれるパスクァ大聖堂「クラヴァ」を中心に世界13カ所に存在する。

書物の原典と紐づく大聖堂はツヴァイセルの世界の在り方そのものを示す場所である。

従って、例え戦時でも大聖堂に攻撃を行う者などは存在しない。

この世界に於いて、大聖堂への攻撃は絶対的禁忌である。

 

だが、しかし書簡には攻撃を仄めかす内容が記されている。

全員が頭を抱えて、この席を立った。

 

その頃、パスクァの離島ディンシュラに、シ・ノヴァとイシェルハが到着した。

「シ・ノヴァ様!」

「長老、今日は天気も良いが、風も少し強いな。ご機嫌は如何か。」

「お陰様で、村の習慣にも読書が根付きまして、勉学に興味を持つ者も現れた次第で。

これから先の将来に生計を立てる手段が少しずつ増えるやもと、大変有難い限りで…」

「それは何より。早速だが長老、小屋の方は?」

「はい、片付いております。」

「解った、有難う。イシェルハ、付いて来なさい。」

「はい!」

「長老、後ほど出向くので、宜しく頼む。」

「お待ち申しております。」

 

二人は少し歩いた先にある、綺麗に整えられた庭のある小さな小屋に入った。

ここは元々庭師の休憩所と、資材置き場として使われていたが、庭師が引退してからはシ・ノヴァがその代わりを買って出た。

そうしてその小屋を、気分の赴くまま訪れた時に整理し、自らの休憩所に仕立て上げた。ここディンシュラでの、別荘の様なものだ。

 

シ・ノヴァはまずここで荷物を解き、必ず湯を沸かし茶を淹れるのが習慣であった。

イシェルハは密かに、このシ・ノヴァが淹れてくれる茶と、その僅かな準備時間が楽しみであった。

 

「イシェルハ」

「はい」

「温かい茶でも、飲むかね?」

「有り難く頂きます。」

 

シ・ノヴァは必ず日課でも、毎回きちんと尋ねる。

その時々で、人間とは体調も気分も変わる物であるが故に、今日もそれが必要かは解らない。もしかしたら、今日はその香りが不快に感じてしまう事もあるだろう。

だから、シ・ノヴァは必ず言葉にして、相手に問うのだ。

 

そんなシ・ノヴァの気遣いも理解しているイシェルハは、毎回同じ事を聞かれても嫌な顔は一つもしない。シ・ノヴァと同じく、人の移ろいを解っているので、寧ろ毎回確認を取って貰う事を嬉しく思い、安心している。

 

茶を淹れ、椅子に腰を掛けてその間シ・ノヴァは黙って頭の中で、今日行う事を、伝える事を整理する。

その間のイシェルハは、唯々シ・ノヴァの顔を眺めているだけなのだが、彼女にとってはこれが妙に楽しいらしく、まじまじシ・ノヴァの顔を見つめている。

シ・ノヴァは、そんなイシェルハの視線を解ってはいるが、敢えてそこには一切触れず、黙々と頭の中の整理と、その書き出しを行っている。

 

平和とは、ただ何気ない時間である。

 

今日の詳細を書き終えて筆を置いたその時、小屋の扉の前で彼の名を呼ぶ声がする。

「シ・ノヴァ様、私アルバンドラよりの使者で御座います。」

椅子に腰掛けたまま、目を細めてシ・ノヴァは扉の方に顔をゆっくりと動かした。

 

『アルバンドラ?何故かしら…それよりも、シ・ノヴァ様どうされたのかしら、凄く怖い顔をしてらっしゃる…』勘の良いイシェルハは、同じく椅子に腰掛けたまま、軽く下を向いて居る。

 

シ・ノヴァは一言も発しない。

 

「そのままで結構で御座います、お聞き下さい。

本日早朝、我が国王の署名で軍事侵攻の準備と、大聖堂の保護に関する書簡をクラヴァへ届けに上がりました。我が国王は、シ・ノヴァ様がここに居られる事を存じ上げております、しかし様々な配慮の結果、クラヴァへの書簡では国王は知らない事と仄めかしております。」

 

シ・ノヴァの眉間のしわが段々と、深くなる。

 

「貴重な時間とは存じ上げますが明後日、我が国王がシ・ノヴァ様とのお話を望んでおります。もし、可能であるならば明後日早朝、サルブート表山脈の村メリュートへお越し下さい。但し、この話一切はこの場で。お解りいただけるとは存じておりますが、他言は無用で。」

 

シ・ノヴァは椅子に腰掛けたまま、扉の方へ右手をゆっくりと伸ばし始めた。

 

『!?シ・ノヴァ様…まさか…』

シ・ノヴァを信頼するイシェルハですらも、椅子に腰掛けたまま扉を見つめ、右手を伸ばすシ・ノヴァに一抹の不安と、殺気を感じた。

『大丈夫、きっと。シ・ノヴァ様は私の前では愚か、多分人々の前でもその様な事はしないは…』

 

扉の向こうの何者かが、最後にこう言った。

「万が一明後日早朝、メリュートにお越しになられない場合、我が国王も些か短気では御座いますので、ご容赦下さいませ。」

 

「一つ、伺っても良いか…」

右手を張り出し、扉へ掌を向けたままシ・ノヴァは、静かに尋ねた。

 

「何なりと。」

「私の事を知った上で、来られた訳だな。」

「如何にも…仰りたい事はお察し申し上げます。」

「分からず屋も多い物だな。」

「シ・ノヴァ様はお優しい。」

「そうか?」

「それはそうです、シ・ノヴァ様。その右手から放てばどうなるかは私でも解っておりますよ。」

扉の向こうの何者かは、苦笑しながらそう言った。

 

「私も…見くびられた者だな。」

「それは大きな間違いですよ、シ・ノヴァ様。」

「…」

「世界最高位の魔導士、しかも戦争は特にお嫌い。そんな所へこの様なお話を伝える為に、一人で現れる私は差し詰め馬鹿の類と思われても致し方が無い…しかし、そうではありませんよ。」

「…」

「私とて、良く存じ上げております。余り大きな声では言えませぬが…やはり状況を俯瞰する者が居なければ、お話にはなりませぬ。殊更、私の様に冷静な者で無ければ。」

「解った。」

「有り難きお言葉…私はアルバンドラの国民ではありますが、一人間でもあります。故、平和を望むのも普通の事かと。」

 

シ・ノヴァは半ば呆れ顔で話を聞きつつも、やはり目の奥は殺気に満ちていた。

 

『アルバンドラの使者も、中々凄いわね…しかし、シ・ノヴァ様、心配だわ。』

 

シ・ノヴァは椅子から立ち上がり、扉に向かって語気を強めて言い放った。

「明後日早朝、メリュートへ向かう。私一人だ。国王に伝えるが良い。」

「は、有り難きお言葉…」

「但し!」

「はい…」

「不穏な動きを隠し切れない場合は、覚悟される様にお伝え願いたい。」

「…失礼致します。」

 

「※フーラ」

シ・ノヴァは一言言い放ち、扉へ向かった。

扉を開けると、そこには赤い布の切れ端が落ちていた。

 

「イシェルハ」

シ・ノヴァの呼び声で、緊張に包まれ硬直していた彼女は、我に返った。

「はい!シ・ノヴァ様!」

 

「どうも、怖い思いをさせた様で、済まない。」

「いえ、お構いなく。もし…」

「もし?」

「私共も戦争となれば、これ以上の緊張感の最中に役目を果たす事になるのです。こう見えて、わたしも丈夫ですので、ご心配なく。でも、少し嬉しかったです。」

 

パスクァ連合諸島からサルブート大陸までは、船で8時間の距離にある。

しかし、シ・ノヴァは自らの魔法で1時間程で移動は出来るので、余り焦ってはいなかった。

 

唯一、今彼が頭を悩ませているのは、イシェルハの所属するクラヴァにも、書簡は届き、シ・ノヴァが居る事を知らぬ様相で通している事…

それよりも、クラヴァ所属のイシェルハがこの場に居て、その話を聞いた事が問題なのである。

 

悩むべき重さは、人それぞれに尊い

尊さの価値も人それぞれ。

 

しかし、まだシ・ノヴァには、アルバンドラ国王の思惑が図れない以上、過度な考えは抑える事にした。

そうして、シ・ノヴァは長老の元へ何事も無かったかの様に向かって行った。

その後ろ姿を見て、イシェルハも後を着いて行く。

 

続く

※フーラ
ボーモン式詠唱魔法、比較的レベルの低い術者でも使用可能な追跡魔法。
対象者の生地や装飾品の一部を切り落とす魔法。術者がその残存物を詠唱魔法で照らし合わせる事で、自らの範囲に近づくと何らかの形でそれを知らせる。
主に闇討ちや、対象者の素性が判明しない場合に活用される。

 

2023/05/08 加筆修正

2023/04/18 タイトル変更

第一話:「愛を、知らず携えて」

 

「汝、忘れる事無かれ。

 その時、一つ進めば真理へ近づく。」

 

一人の男が膨大な書物に囲まれた部屋で、一冊の本を手に取り静かにそう呟いた。
腰にまで届きそうな美しい髪は、明るく紫色に輝きを放ち彼の特徴を最も表す。
ツヴァイセルの世界に於いて誰もが知る、最高位の魔導士。
 

彼の名は、シ・ノヴァ。
 
人々との接触を極力避け、ツヴァイセル遥か南部に位置するパスクァ連合諸島の小さい無人島に居を構える彼は、その最高位まで鍛錬した魔法を何時使うかも解る事無くただ日夜、その腕を落とさぬ様に鍛え続ける日々を送っている。
 
この時代大きな争いは特に無く、過去の大戦時にかつて華々しく重宝された魔導士達も現在はなりを潜め、皆それぞれの職を探し平穏な生活を送っている。
しかし、彼だけは他の仕事に就く事も無く、ただ毎日を学問と魔法の鍛錬に捧げている。魔法はもとより学問に於いても知識は秀でており、その名は世界に轟く。

 

その彼が、唯一愛して止まない書物がある。


書物の名は「原典」

何時、誰が記し、広まった時期も全く定かではないこの書物には、ツヴァイセルの神々の物語と千年期と言う物語が記されている。
原典はその記述される内容が特に道徳的要素と宗教色が強く、ツヴァイセルでは世界的に模範書として広まり、今や生きる教則として全てに取り込まれている。

この世界の始まりと様々な物語が記された原典は、著者も成り立ちも一切不明。
 
この「原典」見開きに記される最初の文言「汝、忘れる事無かれ。その時、一つ進めば真理へ近づく。」
 

彼にはこの言葉が、どうにも気になって仕方が無い。
とにかく頭の片隅から離れずに、時間がある時には必ず原典を手に取り、この文言を反芻している。彼自身もその様に自ら辟易しているが…

「何をそこまで…」

彼は原典を閉じ、天井を仰いでそう呟き、軽い溜息を吐いた。

その時、玄関を叩く音がする。

「シ・ノヴァ様、お時間です」

扉の向こうから聞こえるその声の印象は強く明るい。

シ・ノヴァはその声を聞き、原典を書棚に戻し玄関まで向かい扉を開けた。
 

「イシェルハ、おはよう」

「おはようございます、シ・ノヴァ様。今日は思ったよりも、パスクァロードが早い時間に現れましたよ。」

「それでか…」
「どうかされましたか?」

「いや、君が何時もより来るのが早かったのでね。」
「はい!」

彼女は満面の笑みで、気持ちの良い返事をした。
シ・ノヴァは微笑んで、身支度を始めた。

 

シ・ノヴァの家に訪れた彼女の名はイシェルハ、このパスクァ連合諸島の大聖堂でシスターを務める少女だ。島民からの信頼も厚く、日々人々の為に祈りを捧げる。 

パスクァ連合諸島は12の島から成り立つ小さな国家。
一日の決まった時間に、この島々を繋ぐ浅瀬が現れる。それが道として、12の島を繋げる事から通称「パスクァロード」と呼ばれる。
シ・ノヴァは毎日、この道が現れる時間になると隣の島へ移動し、人々に文字の読み書き、学問、簡単な魔法を教える事を日課としている。

「どうした、イシェルハ」

支度を進めるシ・ノヴァはイシェルハの視線を感じた。

「その…毎日お迎えに上がっていますが、毎日何一つ変わらず整理整頓されていて、素晴らしいなと…ただ、それだけなのですが。」
「毎日見ていれば、どうでも良くはならんか?」
「いえ、同じ毎日をきちんと過ごす模範でございます。神に祈る事と同じです。」
「…そうだな、さて支度も整った。」
「では、向かいましょう」

 

二人は岬に掛かるとても小さな手すりから、現れたパスクァロードを渡って行く。

「シ・ノヴァ様が来られてから、島の者達も学問に興味を持ち出しました。そのお陰か原典も読み始めるようになりました。本島では至って普通の事なのですが…少し離れるだけでこうも知識に差があるのを、私達では埋める事は難しかったので、本当にありがたい限りです。しかも、シ・ノヴァ様直々にですよ。」

イシェルハは、シ・ノヴァに嬉しそうに話しかける。

 

「それは、何よりだ。でも、誰が教えても変わらんよ。教える気力の問題だ。」
「そうでしょうか?シ・ノヴァ様だからこそ、耳を傾けるというのもありますよ?」

「そんなものか?」

「当然です、私も耳を傾けて頂ける様に日夜祈りを捧げていますから。」

「言われてみればそうだな、失礼したよシスター。しかし…」
「はい、なんでしょう?」

「知識も正しい方向へ利用せねば、人々と自らを恐怖に陥れる事もまた、事実だ。

「そうですね。」

「そう言う意味では、伝える立場も大事…か。」

「そういう事です。」

「その為にも、原典を読める様になれば、皆少しは道徳に目覚めるだろう。」

「そうですね、読み書きの出来ない人々にとっては、原典すらもまず難しいですから。それに…」

「それに?」

「ここ数年は大きな争いもありません、平時だからこそ今の内に知識を身につけた方が良いかとも思います。」

「そうだな、争いになってからでは、そんな余裕も無いからな…」

「その通りです。」

 20分程は歩いただろうか、島々を繋ぐ「ロード」とは言う物の、足元を掬われる浅瀬の道程を、二人は思い思いに話しながら進んで行く。

 

『シ・ノヴァ様は余りお話になられないとは聞いていたけど…やはり人々に伝える事を楽しく思ってらっしゃるのかしら。』

 

二神一体の神と、7人の神官が産み出したと言い伝えられる世界「ツヴァイセル」

その最南端に位置するここパスクァ連合諸島は、年中穏やかな暖気に包まれ世界有数の観光地である。

観光の要となるのは、本島に位置する統治国パスクァに存在する大聖堂。

巨大なツヴァイセルの神と、七人の神官の彫刻が祭られる豪奢な大聖堂は、この世界と共に生まれ、そしてこの世界の教則となる書物「原典」が創られた場所であるとの伝説も残る。

大聖堂内部の吹抜けに作られた祭壇では、厳しい修行を積んだシスター達が一日のおよそ半分以上をここで祈りを捧げて神に仕え平和を願う。

本島パスクァ以外は特に観光に値する遺構や遺物も無く、島民は年中を農業と漁業に勤しみ過ごしている。また、体長1メートルにもなる食用鳥「タンバル」も特産品であり、パスクァ産のタンバルは世界でも有数の出荷数を誇る。

パスクァの主要な島は12だが、それ以外にも幾つかの小さな無人島があり、そこには裕福な商人などが別荘を構えていたりもする。シ・ノヴァもその一人であるが、彼はその裕福な商人とは、少し訳が違う。

 

少し前のツヴァイセルでは各国で小規模の内戦が頻発していた。

当時世界でも最強と名高いシ・ノヴァは各地へ赴き、自らのその魔力を切り札として、和平交渉へ持ち込むと言う事を行っていた。

「彼の右手一つで、国が亡ぶ」

そう怖れられる程のシ・ノヴァが紛争地に乗り込んで、和平交渉を促したとすれば、首を横に振る者はいない。それ程までに彼の能力は高い。

シ・ノヴァ以下の有力な魔導士達も感服するが皆、口を揃えて言う。

「あの魔力は決して人間では無い」事実彼の放つ魔法は、彼にしか扱えないと言う特色がある。

だがそれを問うにしてもそもそもが口数の少ない男であり、その明るく長い紫の髪と、佇まいも相まって何時しか彼は「神の化身」と恐れられるようになった。加えて彼の出自も一切不明な事がますます彼を神格化していった。

 

しかしシ・ノヴァは勝手に祭られる事を快く思わず、やがてこのパスクァの小さな無人島に居を構え、静かに暮らす事となった。

穏やかなこの地で過ごす日々の中で、各地の紛争を治めた経験上人々に知識を与え、意思疎通を促進する事を考えた。

 

意志の通らぬ者同士の無益な争いを、少しでも少なくする為に。

 

「原典」には、こう記されている

『千年期迎える日、何れ召すに変わり無く。

 限られた世界を平和である様務めよ。』

 

法律、道徳、教養その様々を補う「原典」

彼はまずこれを読める者を増やす事を目標として、本島にある大聖堂主幹に自らが学問と知識を教える事を申し出た。

大聖堂に携わる敬虔なシスター達は、シ・ノヴァが自ら手解きをしてくれるならと、喜んでその手伝いを引き受けた。そうして、代々大聖堂の祭事を行う家系の末裔で、将来に向けて修行中である、シスター・イシェルハが彼の手伝いに赴く事となった。

 

 

運命の出会いとは、その時大した事では無い。

 

ただその時、一つ進めば真理へ近づく。

 

ここから、確かに定められていたはずの運命の道程が、激しく変化する。

 

たった二人、力を持つ者。

 

その均衡は、絆が強すぎる程に亀裂を生み出して行く。

 

その亀裂は二人の中だけではなく、世界にまで。

 

続く

 

・加筆修正 2023/05/08

・加筆修正 2023/04/15

用語集 な行

魔法:ネイベリート

登場:第三章ネイベリート

神の啓示を受けてその能力を授かると言われる召喚魔法。

何時何処で、誰がその召喚者として啓示を受けるかは一切不明。

但し、同じ時に必ず二人がこのネイベリートを授かる。

異世界より召喚する際の贄として生物全ての魂を必要とし、召喚する神々によって必要とされる魂の種類が異なる。

また、ネイベリートで呼び出された神々は、同じネイベリートで呼び出された神々で無ければ倒す事は愚か、攻撃すらもままならない。

特徴として、呼び出された魂を贄とした神々が勝利し帰依の儀式を行わ無ければ、呼び出された魂はそのまま消滅し、呼び出された贄となる生物は死亡となる。

従って、ネイベリートで呼び出された神々同士でしか戦う事は不可能であるので、必然的に敗北した側の神々とその贄は死亡となる。

この物語に於いての使用者はシスター・サンディオーネとシェロ・ルクレイン。

二人は幼馴染で同時に啓示を受け、過酷な運命を背負う。

何故この様な召喚魔法を授かるかは、千年期にその繋がりを持つ。

用語集 ま行

歴史:マハドーラ大戦

登場:第三章ネイベリート

シスター・サンディオーネとシェロ・ルクレイン双方が率いる軍隊が最終決戦を海上都市マハドーラにて勃発させた。

この戦争でマハドーラのほぼ全ての人口は失われ、双方共に命を落とす結果となった。

雑記001

とりあえず、記録と整理を兼ねて記載していますので、置換とか誤字脱字はあると思うので、修正しながらだけど、気が向いたら読んで下さいまし。

 

好きなお酒はボンベイサファイアです。

 

あと、スンドゥブも好きです。