ツヴァイセルサーガ

オリジナル小説の掲載 ガチ適当更新 校正しながら

第一話:「愛を、知らず携えて」

 

「汝、忘れる事無かれ。

 その時、一つ進めば真理へ近づく。」

 

一人の男が膨大な書物に囲まれた部屋で、一冊の本を手に取り静かにそう呟いた。
腰にまで届きそうな美しい髪は、明るく紫色に輝きを放ち彼の特徴を最も表す。
ツヴァイセルの世界に於いて誰もが知る、最高位の魔導士。
 

彼の名は、シ・ノヴァ。
 
人々との接触を極力避け、ツヴァイセル遥か南部に位置するパスクァ連合諸島の小さい無人島に居を構える彼は、その最高位まで鍛錬した魔法を何時使うかも解る事無くただ日夜、その腕を落とさぬ様に鍛え続ける日々を送っている。
 
この時代大きな争いは特に無く、過去の大戦時にかつて華々しく重宝された魔導士達も現在はなりを潜め、皆それぞれの職を探し平穏な生活を送っている。
しかし、彼だけは他の仕事に就く事も無く、ただ毎日を学問と魔法の鍛錬に捧げている。魔法はもとより学問に於いても知識は秀でており、その名は世界に轟く。

 

その彼が、唯一愛して止まない書物がある。


書物の名は「原典」

何時、誰が記し、広まった時期も全く定かではないこの書物には、ツヴァイセルの神々の物語と千年期と言う物語が記されている。
原典はその記述される内容が特に道徳的要素と宗教色が強く、ツヴァイセルでは世界的に模範書として広まり、今や生きる教則として全てに取り込まれている。

この世界の始まりと様々な物語が記された原典は、著者も成り立ちも一切不明。
 
この「原典」見開きに記される最初の文言「汝、忘れる事無かれ。その時、一つ進めば真理へ近づく。」
 

彼にはこの言葉が、どうにも気になって仕方が無い。
とにかく頭の片隅から離れずに、時間がある時には必ず原典を手に取り、この文言を反芻している。彼自身もその様に自ら辟易しているが…

「何をそこまで…」

彼は原典を閉じ、天井を仰いでそう呟き、軽い溜息を吐いた。

その時、玄関を叩く音がする。

「シ・ノヴァ様、お時間です」

扉の向こうから聞こえるその声の印象は強く明るい。

シ・ノヴァはその声を聞き、原典を書棚に戻し玄関まで向かい扉を開けた。
 

「イシェルハ、おはよう」

「おはようございます、シ・ノヴァ様。今日は思ったよりも、パスクァロードが早い時間に現れましたよ。」

「それでか…」
「どうかされましたか?」

「いや、君が何時もより来るのが早かったのでね。」
「はい!」

彼女は満面の笑みで、気持ちの良い返事をした。
シ・ノヴァは微笑んで、身支度を始めた。

 

シ・ノヴァの家に訪れた彼女の名はイシェルハ、このパスクァ連合諸島の大聖堂でシスターを務める少女だ。島民からの信頼も厚く、日々人々の為に祈りを捧げる。 

パスクァ連合諸島は12の島から成り立つ小さな国家。
一日の決まった時間に、この島々を繋ぐ浅瀬が現れる。それが道として、12の島を繋げる事から通称「パスクァロード」と呼ばれる。
シ・ノヴァは毎日、この道が現れる時間になると隣の島へ移動し、人々に文字の読み書き、学問、簡単な魔法を教える事を日課としている。

「どうした、イシェルハ」

支度を進めるシ・ノヴァはイシェルハの視線を感じた。

「その…毎日お迎えに上がっていますが、毎日何一つ変わらず整理整頓されていて、素晴らしいなと…ただ、それだけなのですが。」
「毎日見ていれば、どうでも良くはならんか?」
「いえ、同じ毎日をきちんと過ごす模範でございます。神に祈る事と同じです。」
「…そうだな、さて支度も整った。」
「では、向かいましょう」

 

二人は岬に掛かるとても小さな手すりから、現れたパスクァロードを渡って行く。

「シ・ノヴァ様が来られてから、島の者達も学問に興味を持ち出しました。そのお陰か原典も読み始めるようになりました。本島では至って普通の事なのですが…少し離れるだけでこうも知識に差があるのを、私達では埋める事は難しかったので、本当にありがたい限りです。しかも、シ・ノヴァ様直々にですよ。」

イシェルハは、シ・ノヴァに嬉しそうに話しかける。

 

「それは、何よりだ。でも、誰が教えても変わらんよ。教える気力の問題だ。」
「そうでしょうか?シ・ノヴァ様だからこそ、耳を傾けるというのもありますよ?」

「そんなものか?」

「当然です、私も耳を傾けて頂ける様に日夜祈りを捧げていますから。」

「言われてみればそうだな、失礼したよシスター。しかし…」
「はい、なんでしょう?」

「知識も正しい方向へ利用せねば、人々と自らを恐怖に陥れる事もまた、事実だ。

「そうですね。」

「そう言う意味では、伝える立場も大事…か。」

「そういう事です。」

「その為にも、原典を読める様になれば、皆少しは道徳に目覚めるだろう。」

「そうですね、読み書きの出来ない人々にとっては、原典すらもまず難しいですから。それに…」

「それに?」

「ここ数年は大きな争いもありません、平時だからこそ今の内に知識を身につけた方が良いかとも思います。」

「そうだな、争いになってからでは、そんな余裕も無いからな…」

「その通りです。」

 20分程は歩いただろうか、島々を繋ぐ「ロード」とは言う物の、足元を掬われる浅瀬の道程を、二人は思い思いに話しながら進んで行く。

 

『シ・ノヴァ様は余りお話になられないとは聞いていたけど…やはり人々に伝える事を楽しく思ってらっしゃるのかしら。』

 

二神一体の神と、7人の神官が産み出したと言い伝えられる世界「ツヴァイセル」

その最南端に位置するここパスクァ連合諸島は、年中穏やかな暖気に包まれ世界有数の観光地である。

観光の要となるのは、本島に位置する統治国パスクァに存在する大聖堂。

巨大なツヴァイセルの神と、七人の神官の彫刻が祭られる豪奢な大聖堂は、この世界と共に生まれ、そしてこの世界の教則となる書物「原典」が創られた場所であるとの伝説も残る。

大聖堂内部の吹抜けに作られた祭壇では、厳しい修行を積んだシスター達が一日のおよそ半分以上をここで祈りを捧げて神に仕え平和を願う。

本島パスクァ以外は特に観光に値する遺構や遺物も無く、島民は年中を農業と漁業に勤しみ過ごしている。また、体長1メートルにもなる食用鳥「タンバル」も特産品であり、パスクァ産のタンバルは世界でも有数の出荷数を誇る。

パスクァの主要な島は12だが、それ以外にも幾つかの小さな無人島があり、そこには裕福な商人などが別荘を構えていたりもする。シ・ノヴァもその一人であるが、彼はその裕福な商人とは、少し訳が違う。

 

少し前のツヴァイセルでは各国で小規模の内戦が頻発していた。

当時世界でも最強と名高いシ・ノヴァは各地へ赴き、自らのその魔力を切り札として、和平交渉へ持ち込むと言う事を行っていた。

「彼の右手一つで、国が亡ぶ」

そう怖れられる程のシ・ノヴァが紛争地に乗り込んで、和平交渉を促したとすれば、首を横に振る者はいない。それ程までに彼の能力は高い。

シ・ノヴァ以下の有力な魔導士達も感服するが皆、口を揃えて言う。

「あの魔力は決して人間では無い」事実彼の放つ魔法は、彼にしか扱えないと言う特色がある。

だがそれを問うにしてもそもそもが口数の少ない男であり、その明るく長い紫の髪と、佇まいも相まって何時しか彼は「神の化身」と恐れられるようになった。加えて彼の出自も一切不明な事がますます彼を神格化していった。

 

しかしシ・ノヴァは勝手に祭られる事を快く思わず、やがてこのパスクァの小さな無人島に居を構え、静かに暮らす事となった。

穏やかなこの地で過ごす日々の中で、各地の紛争を治めた経験上人々に知識を与え、意思疎通を促進する事を考えた。

 

意志の通らぬ者同士の無益な争いを、少しでも少なくする為に。

 

「原典」には、こう記されている

『千年期迎える日、何れ召すに変わり無く。

 限られた世界を平和である様務めよ。』

 

法律、道徳、教養その様々を補う「原典」

彼はまずこれを読める者を増やす事を目標として、本島にある大聖堂主幹に自らが学問と知識を教える事を申し出た。

大聖堂に携わる敬虔なシスター達は、シ・ノヴァが自ら手解きをしてくれるならと、喜んでその手伝いを引き受けた。そうして、代々大聖堂の祭事を行う家系の末裔で、将来に向けて修行中である、シスター・イシェルハが彼の手伝いに赴く事となった。

 

 

運命の出会いとは、その時大した事では無い。

 

ただその時、一つ進めば真理へ近づく。

 

ここから、確かに定められていたはずの運命の道程が、激しく変化する。

 

たった二人、力を持つ者。

 

その均衡は、絆が強すぎる程に亀裂を生み出して行く。

 

その亀裂は二人の中だけではなく、世界にまで。

 

続く

 

・加筆修正 2023/05/08

・加筆修正 2023/04/15