ツヴァイセルサーガ

オリジナル小説の掲載 ガチ適当更新 校正しながら

第四話:「否定から始まる成長」

小屋の中にある小さな暖炉に、シ・ノヴァは火を燈した。
炎は瞬く間に暖炉の中で燃え広がり、薄暗いシ・ノヴァの書斎を照らし始めた。

彼は珍しく、少し小さめだが溜息を吐き、椅子に腰掛けた。

それと同時に長老が訪れた。

「シ・ノヴァ様…こんばんは。」

シ・ノヴァは椅子に腰掛けたまま、長老へ入る様に目で促した。

「お疲れの様ですな。」

長老はそう呟きながら、シ・ノヴァの向かいの椅子に腰掛ける。

「まぁ、そんな所だ。」

シ・ノヴァは暖炉の炎を見つめながら、少し不満げな顔でそう言った。

長老はそんなシ・ノヴァの態度を気にもせず少し嬉しそうな顔で、背負っていた袋からベリアニーの入った瓶を取り出し、テーブルの上にあるシ・ノヴァの用意したカップにそれぞれ並々と注いだ。

ベリアニーはこの世界で最も飲まれている蒸留酒で、ツヴァイセル遥か北に存在する極寒の小国家プラステスで作られている。

シ・ノヴァは暖炉の炎から眼を離さず、ベリアニーの注がれたカップに手を伸ばし、口元へ運んだ。

「長老…」

シ・ノヴァがそう呟くと、長老は静かにシ・ノヴァへ視線をやった。

「どこから、話をする。」

長老は、カップに入ったベリアニーを少し啜りながら、一息置いてこう言った。

「イシェルハを目付けから外そうかと…」

「その方が良いだろう。」

「由緒あるクラヴァで祈りを捧げると言う事は、それだけでも十分大変な事であり、そこに至る修練も険しい物で御座います。しかし、持って生まれた環境と言うのも御座いますから…」

「そうだな」

「シ・ノヴァ様がイシェルハを困らせている等とは思ってもおりません。ただ、やはりまだまだ心は未熟ゆえに、周りの状況とイシェルハ自身が思い動く力のバランスが取れておりません。

シ・ノヴァ様の目付けとしていれば、やはり普通以上には様々な出来事に遭遇するとも思われるのです…それはイシェルハにとってはまだまだ重荷で御座います。ただ…」

「ただ?」

「イシェルハも楽しいのでしょう、自らのシスターとしての地位も相まって、シ・ノヴァ様の目付けとして日々過ごせる事に心動かされるのですよ。それが彼女には好奇心で済まされるのでしょうけども、周りはそうでは済まない物で。」

シ・ノヴァは未だ暖炉の炎を見つめたまま、長老と同じくカップ蒸留酒を少しずつ嗜んでいる。

イシェルハがその立場と強い好奇心故に、与えられた状況に於いて自らが動きたいと願うのは間違った事では無い。ただそれが状況に応じているかが問題になるのである。
これとて、争いの無い世界であればさして気にする事でもない。
しかし、今は様々な思惑を感じ取らなければいけない状況である。
シ・ノヴァには、今それが少し重荷になっている。

その中で好奇心で心動かされるのは良いとしても、行動に移られては困るのだ。
そうしてそれが『困る』などと言う容易い話でいずれ済まなくなるのは、大戦の時代を指導者として潜り抜けたシ・ノヴァだからこそ、良く解るのである。

「長老、話は何処まで届いているのだ?」
シ・ノヴァがカップをテーブルに置き暖炉から長老へ顔を向け、そう言った。
長老は少し厳しめの眼差しに変わり、重そうに話し始めた。

「アルバンドラの使者の件は既に。ただ、クラヴァの重鎮達には伝わっておりません。アルバンドラがシ・ノヴァ様はここに居られないと思っていると…」

「そうか、問題はそれもあるが。」
「やはり、イシェルハで御座いますか…」
「中々のタイミングで使者も現われたものだ、少し食えない奴だったが。」
「その様ですな。」

そこで少し会話は止まり、暖炉の炎に照らされた二人は気苦労とベリアニーの酔いとも相まって、若干重苦しい雰囲気に感じ取られる。

世の中の空気が徐々に不穏を帯びる時、必ずと言っていい程に未知の状況に心躍らす者が現れる。

イシェルハは敬虔なシスターであるが故に、自らの役割と立場、そうしてシ・ノヴァの目付けと言う立ち位置も含めて、本来不安に駆られるであろう状況でも前に進む事だけを考えている。
大聖堂の中だけであれば、祈りを捧げ続けるだけだったはずであろう彼女の立ち位置は、シ・ノヴァとの出会いで一変していく。

「無謀…」
シ・ノヴァはぶっきらぼうに突然そう呟いた。

「イシェルハで…ございますか?」
「いや、そうではない。そうではない事も無いか…」

「シ・ノヴァ様らしくないお言葉で…」
長老は軽く苦笑いをしながら、そう呟いた。
シ・ノヴァは額を掌で覆い、自分に少し呆れた様な表情で顔を暖炉の炎に向ける。
「何時の世も争いの災禍が火柱を上げるのは、些細な行き違い…」
シ・ノヴァはそこで自ら話を切った。

長老は目を閉じて、ベリアニーの入ったカップをを両手で抱えたまま何も言わずに下を向いて居る。

些かな不安が大体は無駄で、取り越し苦労であるのは良くある話だ。
しかし、取り巻く状況がそれぞれの思惑でどう展開するかまだ不明瞭な時に混乱を招くのは、大体が「無謀な者」の仕業である事も多い。

シ・ノヴァはイシェルハが無謀であると言いたい訳ではない。
何者かが何処かを崩しにかかれば、争いの火種になるであろう不安。
そんな危うい不安さを抱えるイシェルハの事をシ・ノヴァは今までの経験に重ね、思わず『無謀』と、呟いてしまった。

人々はまだ何も知らない。
ただ自身の意思で進めなければならない駒を、何者かが進めた時、そこから世界が大きく動く時もある。

本当に些細な事だ。横からその手をはたかれるかの様に。

「また、争いが起きますかの…」
長老は少し微睡みながら、不安を口にする。

シ・ノヴァは暖炉の炎の奥を見つめたまま微動だにせず、頭の中で状況を整理している
。アルバンドラの思惑と、クラヴァの重鎮たちの思惑。
『何時もより、穏やかではなさそうだ。』
シ・ノヴァは心の中で、そう考えていた。
まだまだ、今は今でしかなく、その先がどうこうと言う話すらない。
しかし、シ・ノヴァの中では確実に風向きが争いへ行くだろうと確信があった。
ただ、それはまだ具体的に言葉に出来ないだけで。

気が付くと少しの間、長老とシ・ノヴァは居眠りをしていた。
遠くから聞こえる、かすかな足音にシ・ノヴァは気付き、軽く身構える。
やがて足音が段々と近付くと、シ・ノヴァは椅子に深く腰掛けなおした。

「入るがいい。」

扉が静かに開くと、そこにはイシェルハの姿があった。

「シ・ノヴァ様」
「どうしたんだ、こんな時間に。」
「長老が帰ってこないから心配して迎えに来たんです。それよりも、私って解ったのですか?」
「勿論だ。」

イシェルハは、少し感心した様な眼差しを暖炉の方へ向けた。
「私も、少しあたって良いでしょうか?」
「そうだな、少し冷えただろう。イシェルハ、温かい茶でも飲むか?」

イシェルハは椅子に腰掛けながら、シ・ノヴァの方を向き嬉しそうに返事をした。
「勿論です。」

眠ったふりをしている長老は、シ・ノヴァとの会話を思い出しながら、悩むには心地良い温かさと、酔いに身を委ねていた。

シ・ノヴァはイシェルハにカップを渡し、椅子に腰掛ける。
本来であれば各々が違う営みを行う三人が深夜に揃う事も珍しい、イシェルハは無邪気にその状況に心躍らせ椅子に深く腰掛ける。
長老は微睡みに身を委ねながらも自分のこれからの立ち位置を考え、シ・ノヴァは何時か迫る不穏な空気を食い止めるべく思案する。

同じ場所で同じ夜を過ごそうとも、必ずしも良き思い出に変わるとは言い難い。
それが人の宿命である。

2023年11月22日 修正