ツヴァイセルサーガ

オリジナル小説の掲載 ガチ適当更新 校正しながら

第三話:「目的と事実」

アルバンドラ王国領内、テギルスの森。
この場所に、見晴らしの良い丘がある。
その丘にある一本の大木の根本に、シ・ノヴァへの伝達を行った使者が腰掛けていた。
そこへ間も無く、一人の老人が現れた。

 

老人は使者に視線を合わせず、少し俯きながら話し出した。
「ご苦労であった、我が国王と言えどもやはり、シ・ノヴァ様を脅威として捉えておる。しかし懐柔出来るとも考えてはおられまいが…」

「何か…策でもおありなのでしょうか?と言えども、伝説の魔導師相手には如何様な策も有るとは思えませんが。」

使者は少し不安げな顔で、老人にそう言った。

「…わしにも解らぬ。」

使者はその言葉を聞き、顎に手を当て少しばかり空を見つめている。

「…しばし、様子を見よう、今はそれしか出来ぬ。」

「承知致しました…バリオルド伯爵。」

そう言うと、使者は立ち上がりその場を去った。

残された老人は、真剣な面持ちで丘からの景色に目を向けていた。

 

アルバンドラ国王側近バリオルド伯爵
アルバンドラ国王の秘書と内政を務め、国王に最も近い側近として相談役の顔も持つ。伯爵は今回の侵攻について、相当の不安を覚えている。

実際の所、彼だけでは無い。

城に仕える者達の殆どが、今回の侵攻に不安を感じている。
数年前のこの世界では、世界各地で内戦が勃発していた。
そこへ、それまで沈黙を貫いていたツヴァイセル最大の国家であるアルバンドラ王国が突如として参戦し、事態は急変した。

世界を脅かす侵略戦争の様相を呈し始めたその時、この世界でその名を知らぬ者は居ない魔導師、シ・ノヴァが動き出した。

シ・ノヴァの動向はどの国に於いても脅威であったが、内戦が多発している当時は彼も特には動きを見せず、また各国家も内戦に明け暮れその存在を忘れかけていた頃であった。

ただ一人戦地に乗り込み、見せしめの破壊の限りを尽くして戦争を終わらせる。
荒業の様に思えるが、回復魔法に於いても世界最高の技術を持つ彼は、国家の中枢を破壊する以外は、人民及び様々な生物に治癒を施し去って行く。
中枢を破壊する事は、戦意を喪失させる手段であった。

こうして、二つ、三つの国家を破壊する頃には、各国が自ずと内戦から撤退を始めて行った。

しかし、アルバンドラだけはその力を目の当たりにしようとも、侵攻を止める気配は無かった。
この当時、アルバンドラ国王はエディエロ・ニューバであった。
エディエロは特に好戦的な国王として内外に知られ、数多の小競り合いを隣国と常に繰り返していた。
しかし、好戦的なエディエロはそれに飽き足らず侵略戦争を考え始め、各国が内戦で疲弊していく最中を狙っての行動を開始した。
その様な状況なのでエディエロは、勝利は絶対と確信していたが、シ・ノヴァが現れその算段は狂った。

しかし、エディエロはその様な状況でも引かず、自国軍に加えて民までをも犠牲にし各国及びシ・ノヴァへ戦いを挑んでいった。
シ・ノヴァがアルバンドラへ到着した頃、一斉に国軍と民間軍が迫って来る物の、恐怖に怯える様相で向かってくる者達の姿にシ・ノヴァの怒りは頂点に達し、兵をかわしエディエロの元へ向かう。

目の前に現れたシ・ノヴァにエディエロは無謀にも、アルバンドラ王家に伝わる聖剣ヴェルバークレイを振りかざし向かって行った。
それでも無駄な殺生を好まないシ・ノヴァは永久結界へと閉じ込める魔法「アグリディナル」を使い、エディエロをアルバンドラ大聖堂へと封じ込めた。

永久結界とはその昔、魔導師が世界を統べていた頃の極刑魔法と呼ばれ、唱えられた者は全ての概念を超越した結界に封じ込められる。
現代でこの魔法を使用できるのは、シ・ノヴァのみとなったいて。

 

こうして、アルバンドラ国王エディエロ・ニューバを封じ込めたシ・ノヴァは、そのエディエロの息子である、ダクト・ニューバに忠告を残し去っていった。

それから数年後の話である。

彼が忠告をした現国王ダクト・ニューバが侵略戦争を開始すると、シ・ノヴァへ伝えに来た。

誰もが困惑する。

シ・ノヴァも、バリオルド伯爵も、使者も、そして全ての民も。

これが、アルバンドラ国王からの伝達で無ければ、シ・ノヴァもそう簡単には動かなかったであろう。しかし、そうは行かなかった。

イシェルハと長老の元へ向かうシ・ノヴァは珍しく答えの出ない悩みを抱えていた。国王の元へ向かえば話は速い、だが早計だ。
この状況で正気の流れになるとも思えない。求められた日に取り敢えずは向かう事としたが、シ・ノヴァ自身を相手に手出しは出来ないはず、となればダクト・ニューバには何か手があると考えるのが普通だ。

しかし、その何かが世界を破滅させるきっかけになったりはしないだろうか。
何よりも安寧を愛するシ・ノヴァは神経質なまでに考えを張り巡らせていた。

「シ・ノヴァ様、シ・ノヴァ様?」
「あぁ、、、すまない、イシェルハ。」
「先程の事、、、ですか?」
「…イシェルハは何も考えなくて良い、そして何も聞かなかった事にするのだ。」
「はい、でも、また世界が争いに向かうのでしょうか?だとすれば私は…」

イシェルハの話を遮りシ・ノヴァはこう言った。
「世界の秩序は私が守る、イシェルハ、君は祈るのだ、それで良い。」
「はい、承知しました。」
イシェルハは少し俯き加減で、そう返事をした。
彼女も大聖堂のシスターとして平和を日々祈る身であり、気持ちはシ・ノヴァと同じである。

しかし実際の戦争ともなれば、また話は別で各々の立ち位置も変わってくる。
また、シ・ノヴァにとってもクラヴァがこの話を知る前に片づけたいと思う所も在り、イシェルハには余り表立って動いて貰う事も、少し面倒になるとも考えている。

歩みながらそう思案する中、二人は長老の家へと到着した。

「シ・ノヴァ様、お待ちしておりました。」
「長老、すまないのだが。」
「はい、シ・ノヴァ様、如何なされましたでしょうか?」
「少し問題があって、今日一日休ませて欲しいのだが、勝手な事を言って申し訳ない。」
「そうですか、それは致し方ありませぬ、、、シ・ノヴァ様の心が曇られておるならば、無理にお願いするよりも、一先ずは体を休めて頂く事が先決でございますでの。」
「恩に着る」
「いえいえ、それよりも離れへお帰りになられますか?差し支えなければ小屋の方でも構いませぬが。離れの方が身支度には問題ないかとは思われますが、もう間も無く浅瀬の方も、、、」
「そうか、、、もうその様な時間か。」
「はい、まぁでも、シ・ノヴァ様でしたら飛べば直ぐでしょうし、無用な気遣いでしたか。」

長老は苦笑いしながら、何度も頭を下げた。
シ・ノヴァはこの流れで、また何度か使者か伝文が来る事もあり得ると考え、自らの部屋に戻ろうとも考えたが、少し窮屈な問題を抱えた今は、たまには小屋で一晩過ごすのも良いかもしれないと思い、長老へその旨を伝えた。

長老は、村の荷役に食料の他一晩過ごすのに必要な燃料などを運ぶ様伝えた。

この間、イシェルハは少し複雑な、思い詰めた様な顔をして黙っていた。
長老はそのイシェルハの顔を見逃さずにいた。

シスターとして、シ・ノヴァの目付け役として、村人の指南役としての立ち位置が、彼女のその無垢な感性と心をやがて悲劇に向かわせる。
心と力のアンバランスさは、外から見て初めて解るものだ。
長老はその少し陰鬱な空気を読み取った。

「シ・ノヴァ様、後ほど小屋へお伺いしても宜しいでしょうかの?」
長老の居るタイミングで、また何かしらアルバンドラ絡みの使者が来た場合、少々厄介だとは思ったシ・ノヴァだが、何故か無下に断る気も起きずに返事をした。

「解った、日没に来られれば良い。」
「それはそれは、丁度蒸留したばかりの酒がありましてな。」
「そうか、たまには、、、良いか。」

長老はしゃがれた笑いを発しながら、会釈をしてその場を離れる去り際にイシェルハへ大聖堂へ帰る様に促した。

イシェルハは少し不服そうな顔をしてシ・ノヴァの顔をうかがった。
シ・ノヴァは軽く頷いた。

「それでは、シ・ノヴァ様、失礼いたします。もし、もし何かお困り事があれば、何時でもお申し付けください。」
「解った、イシェルハ有難う。」
シ・ノヴァがそう言うと、イシェルハは少しだけ笑顔を取り戻した。
そうして、シ・ノヴァは今日の出来事を口外しない事を念押しし、小屋へ向かった。

『シ・ノヴァ様だから、多分大丈夫なのでしょう。でも私には争いを引き起こす者達は許せない。とは言え、シ・ノヴァ様の仰られる様に私は祈る事を与えられた立場。ただ、私はシ・ノヴァ様に付いて居たい。』

先争いでの
シ・ノヴァの活躍はイシェルハも当然知っている。
しかし、シ・ノヴァと偶然にも接点を持ち、その人間性に惹かれるイシェルハは、解ってはいても心配な気持ちになっている。
そして神に仕える者として、今のどうしようもない気分を自分でもみっともないとは思っている。

『私は由緒あるクラヴァで神に祈りを捧げるシスター、そうして皆の心の休まる世界を願う。今のこの気持ちもクラヴァに戻って祈れば落ち着くかしら…』

イシェルハは口を真一文字に引き締めて、背筋を伸ばし小走りでクラヴァへ向かって行った。

その後ろで長老が、少し複雑な眼差しでイシェルハの後姿を見送っていた。

続く。