ツヴァイセルサーガ

オリジナル小説の掲載 ガチ適当更新 校正しながら

第二話:「罪の立ち位置」

パスクァ連合諸島本島パスクァ、そこに存在する世界最古の大聖堂「クラヴァ」

そのクラヴァの地下に位置する、大広間では数人の男女が円卓を取り囲み、重い空気に包まれていた。

 

「ここ数年の平和は、偽りだったか…」

「大聖堂の保護を約束されたとしても、事実を知った以上…どうしたものか。」

「代々好戦的なニューバ一族だ、また争いは起るだろうと思ってはいたが。」

「して、書簡には何と?」

「7日後の日没までに、返事を届けよと。」

「しかし、保証が無いとも書いておるでは無いか」

「普通に考えて、大聖堂に攻撃を加える者が居るかね?」

「どういった事なのだ、大聖堂にまで…」

「そう言えば」

「どうした?」

「いえ、シ・ノヴァ様が、パスクァに居られる事は…」

「推測でしかないが、書簡の内容からニューバ一族は知らないと思われる。」

「そうですか…」

「難しい話だ。内密にとは言う物の、シ・ノヴァ様が居られるのに、報せない訳にもいかん…しかし知らせてこれが…争いの火蓋を切って落とす事となれば…」

「どちらにしても…」

「司祭、如何なされますか。」

「…明朝、ここに集まりなさい。それまで、この話はこの場でのみとする。」

 

ツヴァイセル最大の大陸、サルブート地方を治めるアルバンドラ王国。

そこより早朝、書簡が届いた。

差出人はアルバンドラ王国第8代国王ダクト・ニューバ。

書簡に記された内容は軍事的進行を開始する準備にある事、それに伴いツヴァイセルの原典である大聖堂の保護を認める事、大聖堂は攻撃対象に加えずとの事、だがしかしその国が応戦した場合、その保証は一切行わない。

7日後の日没の返事を以て、進行の開始を行うとも記されていた。

 

大聖堂は原典と呼ばれるパスクァ大聖堂「クラヴァ」を中心に世界13カ所に存在する。

書物の原典と紐づく大聖堂はツヴァイセルの世界の在り方そのものを示す場所である。

従って、例え戦時でも大聖堂に攻撃を行う者などは存在しない。

この世界に於いて、大聖堂への攻撃は絶対的禁忌である。

 

だが、しかし書簡には攻撃を仄めかす内容が記されている。

全員が頭を抱えて、この席を立った。

 

その頃、パスクァの離島ディンシュラに、シ・ノヴァとイシェルハが到着した。

「シ・ノヴァ様!」

「長老、今日は天気も良いが、風も少し強いな。ご機嫌は如何か。」

「お陰様で、村の習慣にも読書が根付きまして、勉学に興味を持つ者も現れた次第で。

これから先の将来に生計を立てる手段が少しずつ増えるやもと、大変有難い限りで…」

「それは何より。早速だが長老、小屋の方は?」

「はい、片付いております。」

「解った、有難う。イシェルハ、付いて来なさい。」

「はい!」

「長老、後ほど出向くので、宜しく頼む。」

「お待ち申しております。」

 

二人は少し歩いた先にある、綺麗に整えられた庭のある小さな小屋に入った。

ここは元々庭師の休憩所と、資材置き場として使われていたが、庭師が引退してからはシ・ノヴァがその代わりを買って出た。

そうしてその小屋を、気分の赴くまま訪れた時に整理し、自らの休憩所に仕立て上げた。ここディンシュラでの、別荘の様なものだ。

 

シ・ノヴァはまずここで荷物を解き、必ず湯を沸かし茶を淹れるのが習慣であった。

イシェルハは密かに、このシ・ノヴァが淹れてくれる茶と、その僅かな準備時間が楽しみであった。

 

「イシェルハ」

「はい」

「温かい茶でも、飲むかね?」

「有り難く頂きます。」

 

シ・ノヴァは必ず日課でも、毎回きちんと尋ねる。

その時々で、人間とは体調も気分も変わる物であるが故に、今日もそれが必要かは解らない。もしかしたら、今日はその香りが不快に感じてしまう事もあるだろう。

だから、シ・ノヴァは必ず言葉にして、相手に問うのだ。

 

そんなシ・ノヴァの気遣いも理解しているイシェルハは、毎回同じ事を聞かれても嫌な顔は一つもしない。シ・ノヴァと同じく、人の移ろいを解っているので、寧ろ毎回確認を取って貰う事を嬉しく思い、安心している。

 

茶を淹れ、椅子に腰を掛けてその間シ・ノヴァは黙って頭の中で、今日行う事を、伝える事を整理する。

その間のイシェルハは、唯々シ・ノヴァの顔を眺めているだけなのだが、彼女にとってはこれが妙に楽しいらしく、まじまじシ・ノヴァの顔を見つめている。

シ・ノヴァは、そんなイシェルハの視線を解ってはいるが、敢えてそこには一切触れず、黙々と頭の中の整理と、その書き出しを行っている。

 

平和とは、ただ何気ない時間である。

 

今日の詳細を書き終えて筆を置いたその時、小屋の扉の前で彼の名を呼ぶ声がする。

「シ・ノヴァ様、私アルバンドラよりの使者で御座います。」

椅子に腰掛けたまま、目を細めてシ・ノヴァは扉の方に顔をゆっくりと動かした。

 

『アルバンドラ?何故かしら…それよりも、シ・ノヴァ様どうされたのかしら、凄く怖い顔をしてらっしゃる…』勘の良いイシェルハは、同じく椅子に腰掛けたまま、軽く下を向いて居る。

 

シ・ノヴァは一言も発しない。

 

「そのままで結構で御座います、お聞き下さい。

本日早朝、我が国王の署名で軍事侵攻の準備と、大聖堂の保護に関する書簡をクラヴァへ届けに上がりました。我が国王は、シ・ノヴァ様がここに居られる事を存じ上げております、しかし様々な配慮の結果、クラヴァへの書簡では国王は知らない事と仄めかしております。」

 

シ・ノヴァの眉間のしわが段々と、深くなる。

 

「貴重な時間とは存じ上げますが明後日、我が国王がシ・ノヴァ様とのお話を望んでおります。もし、可能であるならば明後日早朝、サルブート表山脈の村メリュートへお越し下さい。但し、この話一切はこの場で。お解りいただけるとは存じておりますが、他言は無用で。」

 

シ・ノヴァは椅子に腰掛けたまま、扉の方へ右手をゆっくりと伸ばし始めた。

 

『!?シ・ノヴァ様…まさか…』

シ・ノヴァを信頼するイシェルハですらも、椅子に腰掛けたまま扉を見つめ、右手を伸ばすシ・ノヴァに一抹の不安と、殺気を感じた。

『大丈夫、きっと。シ・ノヴァ様は私の前では愚か、多分人々の前でもその様な事はしないは…』

 

扉の向こうの何者かが、最後にこう言った。

「万が一明後日早朝、メリュートにお越しになられない場合、我が国王も些か短気では御座いますので、ご容赦下さいませ。」

 

「一つ、伺っても良いか…」

右手を張り出し、扉へ掌を向けたままシ・ノヴァは、静かに尋ねた。

 

「何なりと。」

「私の事を知った上で、来られた訳だな。」

「如何にも…仰りたい事はお察し申し上げます。」

「分からず屋も多い物だな。」

「シ・ノヴァ様はお優しい。」

「そうか?」

「それはそうです、シ・ノヴァ様。その右手から放てばどうなるかは私でも解っておりますよ。」

扉の向こうの何者かは、苦笑しながらそう言った。

 

「私も…見くびられた者だな。」

「それは大きな間違いですよ、シ・ノヴァ様。」

「…」

「世界最高位の魔導士、しかも戦争は特にお嫌い。そんな所へこの様なお話を伝える為に、一人で現れる私は差し詰め馬鹿の類と思われても致し方が無い…しかし、そうではありませんよ。」

「…」

「私とて、良く存じ上げております。余り大きな声では言えませぬが…やはり状況を俯瞰する者が居なければ、お話にはなりませぬ。殊更、私の様に冷静な者で無ければ。」

「解った。」

「有り難きお言葉…私はアルバンドラの国民ではありますが、一人間でもあります。故、平和を望むのも普通の事かと。」

 

シ・ノヴァは半ば呆れ顔で話を聞きつつも、やはり目の奥は殺気に満ちていた。

 

『アルバンドラの使者も、中々凄いわね…しかし、シ・ノヴァ様、心配だわ。』

 

シ・ノヴァは椅子から立ち上がり、扉に向かって語気を強めて言い放った。

「明後日早朝、メリュートへ向かう。私一人だ。国王に伝えるが良い。」

「は、有り難きお言葉…」

「但し!」

「はい…」

「不穏な動きを隠し切れない場合は、覚悟される様にお伝え願いたい。」

「…失礼致します。」

 

「※フーラ」

シ・ノヴァは一言言い放ち、扉へ向かった。

扉を開けると、そこには赤い布の切れ端が落ちていた。

 

「イシェルハ」

シ・ノヴァの呼び声で、緊張に包まれ硬直していた彼女は、我に返った。

「はい!シ・ノヴァ様!」

 

「どうも、怖い思いをさせた様で、済まない。」

「いえ、お構いなく。もし…」

「もし?」

「私共も戦争となれば、これ以上の緊張感の最中に役目を果たす事になるのです。こう見えて、わたしも丈夫ですので、ご心配なく。でも、少し嬉しかったです。」

 

パスクァ連合諸島からサルブート大陸までは、船で8時間の距離にある。

しかし、シ・ノヴァは自らの魔法で1時間程で移動は出来るので、余り焦ってはいなかった。

 

唯一、今彼が頭を悩ませているのは、イシェルハの所属するクラヴァにも、書簡は届き、シ・ノヴァが居る事を知らぬ様相で通している事…

それよりも、クラヴァ所属のイシェルハがこの場に居て、その話を聞いた事が問題なのである。

 

悩むべき重さは、人それぞれに尊い

尊さの価値も人それぞれ。

 

しかし、まだシ・ノヴァには、アルバンドラ国王の思惑が図れない以上、過度な考えは抑える事にした。

そうして、シ・ノヴァは長老の元へ何事も無かったかの様に向かって行った。

その後ろ姿を見て、イシェルハも後を着いて行く。

 

続く

※フーラ
ボーモン式詠唱魔法、比較的レベルの低い術者でも使用可能な追跡魔法。
対象者の生地や装飾品の一部を切り落とす魔法。術者がその残存物を詠唱魔法で照らし合わせる事で、自らの範囲に近づくと何らかの形でそれを知らせる。
主に闇討ちや、対象者の素性が判明しない場合に活用される。

 

2023/05/08 加筆修正

2023/04/18 タイトル変更